エーリヒ・ケストナー『点子ちゃんとアントン』

  • 児童書を侮ることなかれ!大人が読むと痛い本。

点子ちゃんとアントン (岩波少年文庫)

点子ちゃんとアントン (岩波少年文庫)



子どもの頃にケストナー作品に出会う幸運に恵まれた私。
友達の子どもが本好きだったら、児童書ほぼ全作プレゼントしたいくらい
ケストナー作品が好きです。
クリスマスの名作『飛ぶ教室』とか映画になった『エーミール』
ふたりのロッテ』あたりのケストナーも良いのですが、
点子ちゃんとアントン』は「女の子が出てくるケストナー作品」
としておススメしたい。
圧倒的に少年の物語が多いケストナー作の中で
この『点子ちゃんとアントン』は、元気な女の子がしっかり活躍するお話です。
"お金持ちの家に生まれた点子ちゃんと、貧しい家に生まれたアントン。
境遇はまったく違うけど、ふたりは大の仲良し。"
…ってあらすじを聞くとなんか説教くさくてつまんなそーって感じだけれど
どうしたことか、これがおもしろいのです。


まず人物が魅力的。
点子ちゃんは関西人が言うところの「アホの子」であります。
(あ、天然とかではないです。)

「ブルリヒさん」
点子ちゃんは、太った男に言った。
「歌はうたえますか?」
肉屋の親方は、ぱちっと目をさまし、めんくらって、ソーセージのような
赤くて太い指を左右に動かしながら、首を横にふった。
「あら、残念。あなたが歌えたら、あたしたちふたりで、
なにかすてきな歌を四部合唱できたのにね。
じゃあ、詩の朗読ならできる?
すてきな森よ、誰があなたを、とか?
大地にかたくとざされて、とか?」
ブルリヒさんは、また首を横にふって、
フックにぶらさがった新聞を横目で見た。
けれども、思い切ってそちらを見るふんぎりはつかない。
「じゃあ、これが最後の質問ね。逆立ちはできる?」
「できない」ブルリヒさんは、きっぱり言った。
「できないの?」点子ちゃんはがっかりして言った。
「ごめんなさい、でも、こんなになんにもできない人に会ったのは、
生まれて初めて!」
(本文より)

点子ちゃんのかわいくてアホな言動だけで、
この物語の魅力は3割増してると思ってください。
アントンは絵に描いたようなマザコンなんだけれど、
実にいい男の子。お姉さんは、この子の将来が楽しみです。
天空の城ラピュタ」のパズーが好きな女子ならば、
アントンを好きになれると思います(←すっごい独断と偏見。)
典型的ないじめっ子として登場するクレッペルバインを
アントンが殴り倒すシーンなんてもう、爽快です。
物語自体は、シンプルでわかりやすい展開。
水戸黄門並みの勧善懲悪モノで、
ページ数もたいしたことないので一気に読めちゃいます。


各章の終わりに小文字のフォントで書かれている「立ち止まって考えたこと」は、
もはや子どもではない私たちが読むと、ぴしぴしと刺さる部分があります。
この部分がちょこっと説教くさいっちゃあ説教くさいんだけど、
決してくどくどしく書いてはいないので、
子どもはきっと華麗に読み飛ばせるでしょう。
大人だけですよ、こんなの読んで「痛っ」とか思うの。
すぐれた児童書とは、大人にとってもすぐれた物語なんです。


この本に出てくる好きな大人は、ダントツで点子ちゃんのお父さん。
次点が家政婦のベルタさん。
お父さんとベルタさんが握手するシーンはかなりのお気に入りです。
哀れにも点子ちゃんにコケにされる、肉屋のブルリヒさんもけっこう好き。
しょーもないのは点子ちゃんのお母さん。
もっともしょーもないのは家庭教師のアンダハトさんですが、
今回久しぶりに読んでみて、彼女は今でいう「だめんず」なのではないかと
初めて思いました。
何度読んでも新しい発見があるなぁ。(ちょっと違)