菅浩江『永遠の森 博物館惑星』

お気に入りの一作を再読。

永遠の森  博物館惑星 (ハヤカワ文庫JA)

永遠の森 博物館惑星 (ハヤカワ文庫JA)

  • 珠玉の連作短編。菅浩江の代表作

『永遠の森 博物館惑星』。
2001年、星雲賞(国内長編部門受賞。
同年、日本推理作家協会賞受賞。
こんな輝かしい実績を持つ作品なので、
SFやミステリが好きな人は、名前を聞いたことがあるかもしれない。
でもこの本、SF者やミステリ者にだけ読ませておくのは
とてももったいないと思うのです。


舞台は遠い未来。人間の脳内マップがすべて解明された時代。
博物館惑星とは、小惑星アフロディーテ」のことです。
オーストラリアとほぼ同じ面積を持つこの惑星は、
呼び名の通り惑星自体が巨大な1つの博物館。
動植物・美術品・音楽・芸能などなど、地上(と全宇宙)から
ありとあらゆるモノが集められ、
それらを保存するために科学技術が総動員されたところ。
そして、美を追求する学芸員たちが、研究と生活をするところです。
もう、この設定が素晴らしい。行ってみたい!と思わせます。
学芸員の設定として、更に実に魅力的なのが、脳内に
データベースが直接接続されていることなのですが
このあたりはぜひ本作をお読みください。)


彼ら学芸員にとって、世界中のあらゆる美が集められた
この惑星は、地上の楽園。人からはそう見えることだろう。
…果たしてその通りか。
ある意味ではその通りだけれど、実際はそうでもない。
博物館だろうと学芸員だろうと、ヒトの集まりに変わりはなく、
部門間の争いがあったり、しょーもない上司がいたり
とんでもない新人がいたりと、人間くさいことこの上ないのです。。
本書は、そんな中、学芸員である主人公の田代孝弘が
博物館惑星に持ち込まれる依頼を通して
「美」と格闘していくという連作短編です。
収められている作品は全部で9つ。
全て大好きなお話ばかりですが、とりわけ好きなのは
「この子はだあれ」、表題作「永遠の森」、最終話「ラブ・ソング」。
美の周りに群がるあれこれに疲れ、神経をすり減らし、
時には妻(新婚)との関係まで見失いそうになりながら
でも最後は美によって癒される、救われる日々。
なんて大変な、でもなんて羨ましい日々であることか。


最初に書いたようにSFやミステリの賞を取っていますが、
がちがちのSFとかバリバリのミステリ、ではありません。
学芸員が出てくるとはいえ、小難しい芸術論なんてありません。
全体を貫くのは、美への信頼、情熱。
そして、美を前にした時の、人の素直な感情。
終盤に出てくる台詞が、それを良くあらわしています。
「あなたみたいに上手な説明はできないけど、とにかく、綺麗ね」


ちょっとでも興味を持たれた未読の方、是非手に取ってみてください。